見るべきは前髪、それだけ
いさましいめいがの贋作判定
あつ森のいさましいめいが。元になっているのが青衣の少年という絵で、贋作判定のポイントは髪の生え際に集中しています。
前髪がきれいに整っているほうが偽物。本物は前髪の量が少なくて、揃い方がバラついている。
シミがあるとか、色が反転しているとか、他の絵画に比べると差分がかなり地味。ジロジロ見ても一瞬では判断がつかない。
どうしてそこに差をつけたのか
なぜよりによって前髪なのか。答えは実物の側にあります。
ゲインズバラという画家は、輪郭をきっちり閉じない描き方をする人で、髪も塊としてざっくり置いていく。生え際が几帳面に並んでいるほうがむしろ不自然なんですよ。
つまりあの判定、雑に作った偽物ほど小綺麗になるという皮肉を突いている。整っているから怪しい。この感覚さえ掴めば、船の上で迷う時間が半分になる。
青衣の少年はどんな絵なのか
描いたのはトマス・ゲインズバラ
制作は1770年。イギリスの画家トマス・ゲインズバラによる油彩の全身像です。
サイズがなかなかの迫力で、幅がおよそ48インチ、高さは70インチ。センチに直すと縦が180センチほど。ほぼ等身大の少年が、青一色の衣装でこちらを見ている。
ゲインズバラの作品の中でも、たぶんいちばん有名な一枚。
モデルは金物商の息子とされている
描かれているのはジョナサン・バトールという人物だと考えられています。裕福な金物商の子で、1752年に生まれ、1805年に亡くなった。
ただし、これは確定ではない。決め手になる資料が揃っていない。世界一有名な少年像のひとりなのに、名前の根拠がふわっとしている。そこがまた妙に引っかかる。
ちなみにバトール本人は、1796年に破産してこの絵を手放しています。
この絵は、ある忠告への返答だった
寒色を主役にするなと言われて
この絵、実はケンカから生まれた側面がある。
当時のゲインズバラにはジョシュア・レノルズというライバルがいた。レノルズの持論はこう。画面の中で光が集まる部分には暖色を使うべきで、青や灰色や緑といった寒色は脇に回すべきだ、と。
で、ゲインズバラが返した答えが青衣の少年。画面の真ん中に、全身青の少年を立たせた。
言われた側が、言われたことをそのままやり返す。しかも作品で。この構図、燃えませんか。
衣装は描かれた時点で百年前のもの
もうひとつ面白いのが服。
少年が着ているのは17世紀の衣装で、1770年の時点ではとっくに時代遅れ。アンソニー・ヴァン・ダイクという先輩画家へのオマージュとして着せられたもので、ヴァン・ダイクが描いた若き日のチャールズ2世の肖像によく似ていると言われます。
要は昔の名画のコスプレをさせて描いた一枚。だからこの絵、肖像画でありながら服飾史の教材としても使われる。
つねきちの船で固まった三十分
買えるのは一点だけという縛り
僕がこの絵と本気で向き合ったのは、美術館じゃなくてゲームの中でした。
つねきちの船。あそこ、買えるのは一回につき一点だけ。だから慎重になる。並んだ美術品を前に、船の床でひとり悩む時間が始まる。
その日、目に入ったのが青い服の少年でした。
前髪の話が頭から飛んでいた
問題は、判定ポイントを覚えていなかったこと。
シミか。色の反転か。左右が入れ替わってるやつか。頭の中で他の絵の判定基準がぐるぐる回るだけで、肝心の情報が出てこない。首の後ろがじわっと張ってきて、画面に鼻が近づいていく。
(絶対どこかが違うはずなんだよ…)
三十分粘って、結局スティックを倒した。買った。根拠は薄い。ただ、なんとなく雰囲気が本物っぽかったから。ひどい理由でしょ。
フータに差し出した瞬間
翌日、博物館へ持っていった。
フータが絵を受け取る。あの独特の間。息を吸うのを忘れていたのを、自分の喉の音で気づいた。
受理された。
椅子の背もたれに寄りかかって、天井を見た。展示室に飾られた青い服の少年を、その日は何周も見に行った。(お前、ちゃんと本物だったんだな)
そのあと元ネタを調べ始めて、前髪の話にたどり着く。運で当てていたと知ったときの間抜けさ、今でも覚えています。
キャンバスの下には別の絵が眠っている
塗り重ねられた下地
調べていていちばん唸ったのが、この事実。
ゲインズバラは青衣の少年を描く前、同じキャンバスに別の絵を描いていた。そのうえに塗り重ねる形で、この作品を完成させています。
本物の名画の下に、消された絵がある。
贋作を見抜くゲームをやっているときにこれを知って、背中がヒヤッとした。表面の一枚が全部じゃない。あつ森の判定と、なんだか妙に響き合う。
贋作探しと同じ目の使い方
つねきちの美術品を見分ける作業って、要するに細部を疑う訓練なんですよ。
前髪の揃い方。シミの位置。向きの反転。どうでもいいと思っていた場所を、必死で見る。
その癖がついたあと、実物の絵の資料を見ると、見え方が変わっている。筆の置き方とか、輪郭のほどけ具合とか、以前なら素通りしていた部分に目が行く。ゲームが鑑賞の入口になるって、こういうことなんだと思う。
海を渡った日、九万人が見送った
館長がカンバスの裏に書いたこと
この絵は長くイギリスにありました。それが1921年、美術商を経てアメリカの鉄道王ヘンリー・ハンティントンの手に渡ることになる。
支払われた金額は、当時の絵画としては破格。翌年、カリフォルニアへ送り出される前に、ロンドンのナショナル・ギャラリーでしばし展示されました。
見に来た人の数、およそ九万人。
そしてナショナル・ギャラリーの館長だったチャールズ・ホームズは、絵を手放しがたく思うあまり、カンバスの裏に自分の名前と別れの言葉を刻んでいます。館長が絵の裏に落書きしてる。(それ、やっていいんですか)と突っ込みたくなるけど、気持ちは分かる気もする。
今はカリフォルニアにいる
現在の収蔵先は、カリフォルニア州サンマリノのハンティントン・ライブラリー。
余談として、この絵はドイツの映画作家ムルナウにインスピレーションを与え、彼の第一作を生むきっかけになったとも言われています。ポップアートのラウシェンバーグが絵の道へ進んだのも、この一枚に打たれたからだとか。
一枚の肖像画が、映画と現代美術の両方に火をつけた。
男の子は青、という通念の出どころ
最後にひとつ、いちばん面白い話を。
ハンティントンは青衣の少年を買ったとき、もう一枚セットで手に入れています。トーマス・ローレンスが描いた、ピンクの衣装をまとった少女の絵。ピンキーと呼ばれる作品です。
ハンティントン・ライブラリーでは、この二枚が向かい合って飾られている。
そして、男の子は青、女の子はピンク。あの社会通念は、この二枚のイメージが広まったことで作られたという見方がある。
つねきちの船で前髪をガン見していたあの絵が、色と性別の結びつきの源流かもしれない。そんな話を知ってから展示室に戻ると、あの青がまるで違って見えてくるんだよね。
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