ジャック・ベアード。
一年戦争を戦った地球連邦軍のパイロットで、階級は少尉。ここまではすぐ出てくる。じゃあ何話に登場したのか。そこで全員が黙る。
第一作を通しで観ても、劇場版三部作を掘り返しても、彼は出てこない。当たり前なんだよね。彼、テレビアニメの人じゃないから。
ゲームのパイロット一覧で手が止まる
彼と最初に出会う場所は、たいていゲームの中だ。ギレンの野望シリーズのパイロット一覧を親指でスーッと流していると、アムロやシャアやテリー・サンダースJr.のあいだに、まったく心当たりのない名前が挟まっている。
ジャック・ベアード。
見た瞬間、脳の索引がガタッと崩れる感覚。ガンダムをそこそこ観てきた自負がある人ほど、この一行に引っかかる。
ジャック・ベアードの正体
少尉が率いたジャック・ザ・ハロウィン隊
彼は地球連邦軍のモビルスーツ小隊、ジャック・ザ・ハロウィン隊の隊長。階級は少尉。若さゆえの粗さが目立つ一方で、背負ったものを投げ出さないタイプの指揮官として描かれている。
部隊名は隊長の名前とジャック・オー・ランタンをかけた洒落。連邦軍の部隊名にしては軽いというか、遊びが効いている。この命名センスだけで彼を好きになる人、けっこういる。
支えていたのが部下のアダム・スティングレイ曹長。叩き上げの軍人で、未熟な隊長の穴を静かに埋める役回り。若い上官とベテランの部下という組み合わせ、ずるいでしょ。短い時間でも関係性が立ち上がる。
カボチャを背負ったジム
乗機はジム。ガンダムでもジム改でもなく、ただのジム。ここが効いている。
ジャック機にはバズーカラックが備わり、機体には鎌を握ったジャック・オー・ランタンのエンブレム。アダム機は指揮官仕様で、ビームサーベルを二本、こちらのエンブレムは斧を持ったカボチャ。装備の違いがそのまま二人の役割の違いになっていて、絵として一発で伝わる。
量産機に部隊章。それだけで名前のない兵士が名前のある人間になる。ガンダムの醍醐味って、結局ここなんだと思う。
出典は富士急ハイランドにあったアトラクション
座席が揺れる体感型ライドだった
答えを言ってしまうと、彼の出身は『GUNDAM THE RIDE ~A BAOA QU~』。かつて富士急ハイランドで稼働していた体感型アトラクションです。2000年7月20日にスタートし、2007年1月8日で幕を下ろした。
スクリーンの映像に合わせて座席がガタガタ揺れる、あの形式。乗客はランチの搭乗者という立場に置かれ、護衛につくジムのパイロットとしてジャックとアダムが登場する。つまり彼は、観る対象というより、乗客を守ってくれる存在として設計されたキャラクターなんだよね。
だから資料が少ない。円盤も配信もない。閉鎖から時間が経った今、映像として追体験する手段が実質ないまま、設定と名前だけが残っている。
ア・バオア・クーで彼がやってのけたこと
舞台はア・バオア・クーの最終決戦。難民を乗せたランチを護衛しながら、二機のジムが要塞内部へ突入する。
そこで発見されたのが、もうひとつの巨大ビーム兵器。彼らはそれを破壊する。脱出の際、ランチに取りついたザクIIを引き剥がしたアダムは爆発に巻き込まれ、戦死したかに見えた。ジャックはペガサス級強襲揚陸艦ブランリヴァルへ着艦。遅れてアダムも突っ込むように緊急着艦し、生存が確認される。
ジムでソーラ・レイ級の兵器を潰し、難民を守り切って帰ってくる。派手さはないのに、やっていることは相当なもの。
名前ひとつで夜が溶けた、あの日の話
見知らぬ名前をタップした瞬間
あれは深夜、ギレンの野望を起動して連邦のパイロットを眺めていたときだった。
編成をいじりながら惰性でスクロールしていた指が、ふっと止まる。ジャック・ベアード。読めるのに、まったく引っかからない名前。
(誰?)
心臓が一拍だけ強く鳴った。ガンダムはひととおり通ってきたつもりだった。それが根拠のない自信だったと、一行の文字列に突きつけられた夜。画面の光だけが妙にまぶしくて、僕はベッドの上で座り直した。
一夜限りで終わらなかったパイロット人生
ガンダム試作0号機ブロッサムのコクピットへ
面白いのはここから。アトラクション出身という出自にもかかわらず、彼はその後も宇宙世紀の中を生き続けている。
『機動戦士ガンダム ファントム・ブレット』では、ガンダム試作0号機ブロッサムのパイロットとして登場する。ジムに乗っていた少尉が、ガンダムの名を冠した試作機を任される立場になったということ。地味に出世してるじゃん、と思わず口に出た。
グリプス戦役ではエゥーゴ側に
さらに時代は下って、グリプス戦役ではエゥーゴに身を置き、モビルスーツ隊を率いる立場となる。『機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル』などで、その姿が描かれた。
一年戦争、0083の時代、そしてグリプス戦役。三つの時代をまたいで生き延びた連邦軍人。しかも出発点は遊園地のライド。この経歴の歪さが、たまらなく好きなんだよね。
ちなみに『グリーンダイバーズ』に出てくるジムIIのパイロットが彼ではないか、という見方もある。断定できる材料は多くないけれど、そういう余白が残っているのもまた、彼らしい。
ゲームとカードに残る足跡
ギレンの野望シリーズでの扱われ方
彼の名前が今も検索される最大の理由が、ギレンの野望シリーズだと思う。アクシズの脅威Vや新ギレンの野望にパイロットとして収録され、多くのプレイヤーが一覧の中で彼と出会う。
専用機がないぶん、汎用のパイロットとして扱われる。強キャラとして語られるタイプではない。それでも名前を覚えられているのは、あの部隊名とエンブレムの引力があるからでしょ。
カード方面にも足跡が残っている。かつてのガンダムウォーには、ジャック・ベアード本人のカードと、ジム(ジャック・ベアード機)が存在した。ギレンの野望編という括りで出ているあたり、ゲームからの流入をそのまま拾っている構図が見える。
声を当てた二人の潤
声を担当したのは福山潤と福島潤。新ギレンの野望では福島潤が演じている。
名字が一字違いの二人が同じキャラクターに関わっているという、ちょっとした偶然。こういう小ネタも、彼を語るときの掴みになる。
もう乗れないライドが残したもの
閉鎖されたアトラクションの登場人物が、閉鎖から何年経っても検索され、ゲームに実装され、カードになり、漫画で人生の続きを与えられている。
これって相当おかしなことだ。普通、体験できなくなった作品のキャラは静かに消える。彼は消えなかった。ジムに乗って難民を守り抜いた一夜が、それだけ強く刺さったということなんだと思う。
映像は追えない。設定と証言と、ゲームの一行だけが残っている。だからこそ、ジャック・ベアードという名前は妙に手触りがある。見つけた人が語り継ぐことでかろうじて形を保っている、宇宙世紀のいち少尉。
次にパイロット一覧でこの名前を見かけたら、たぶん指が止まる。今度は意味が分かった状態で。
コメント