名前は知っているのに、どっちがどっちか出てこない
タナトス。ヒュプノス。
創作でよく見る名前です。並べて出てくることも多い。なのに、いざどっちが何の神かと聞かれると、口が止まる。僕もそうでした。
タナトスが死、ヒュプノスが眠り
正解から。
タナトスが死。ヒュプノスが眠り。
覚え方としては、ヒュプノスの綴りがヒプノシス、つまり催眠術の語源になっている点を押さえると一発です。ヒプノ、で眠り。これでもう混ざらない。
二人とも夜の女神ニュクスの息子。だから兄弟。ちなみに義憤のネメシス、争いのエリス、運命の三女神も同じ母から生まれています。夜の神の子どもたち、顔ぶれが物騒すぎませんか。
兄か弟か、実はそこも揺れている
で、どっちが兄なのか。
ここ、資料によって書き方が違います。双子の兄弟として扱う記述もあれば、タナトスを兄とする書き方もある。決着はついていない。
古い神話にはよくあることで、語り手が違えば設定も揺れる。無理に確定させないほうが誠実だと思います。
二人の仕事は分業だった
眠らせる係と、運ぶ係
面白いのはここから。この兄弟、役割がきれいに分かれています。
まずヒュプノスが、生きている者に永遠の眠りを与える。そのあとタナトスがやってきて、眠った者から魂を抜き取り、冥府へ運ぶ。
眠らせる係と、運ぶ係。
一緒に働いているというより、ヒュプノスが眠らせた相手を目印にしてタナトスが動く、と説明されることが多い。連携というより、前工程と後工程です。
この分業、あまりに事務的で逆にゾクッとする。
運ぶ相手は凡人と罪人だけ
さらに細かい取り決めがある。
タナトスが運ぶのは凡人と罪人。英雄を運ぶのはヘルメスの担当です。英雄は星座として記録されるので、ハデスの審判を受けに冥界へ来る必要がない。
つまりタナトスは、名もなき人々を延々と運び続けている。
華のある仕事じゃない。誰も感謝しない。それでも毎日ある。この設定を知ってから、僕はこの神を単なる死神として見られなくなりました。
性格の差が、扱いの差になった
神々にさえ憎まれた死神
ヘシオドスの記述によると、不死の神々でさえタナトスを憎んだそうです。
死なない存在から憎まれる死の神。理不尽でしょ。
性格の描かれ方も対照的で、タナトスは非情、ヒュプノスは穏やかで心優しいとされる。同じ母から生まれて、同じ工程を担当していて、片方だけが嫌われ役。
弟は毎晩みんなに安らぎを配り、兄は淡々と運ぶ。
ハデスに役目を奪われた男
しかも時代が下ると、死者の魂を支配する役割は冥界の王ハデスにほぼ持っていかれます。
結果として、タナトスには嫌われ者という属性だけが残った。
仕事は取られ、印象は悪いまま。ちょっと気の毒すぎる。
死ぬたびに出迎えられる、あのゲームの話
館に戻ると必ずいる眠そうな声
僕がこの兄弟をちゃんと意識したのは、ローグライクアクションのHADESを遊んでいたときでした。
冥界神ハデスの息子ザグレウスとなって、冥界から地上を目指す。当然、死にます。何度も死ぬ。
死ぬと館に戻される。そこで最初に声をかけてくるのが、ヒュプノス。眠そうな口調で、どういう死に方だったかを毎回コメントしてくれる。
今の死に方、見られてたのか…
最初は情報として聞き流していた。地味に恥ずかしいセリフもある。
走っている最中に現れるもう一人
一方のタナトスは、道中に現れます。
走っている最中にふわっと降りてきて、どちらが多く倒せるか勝負を持ちかけてくる。急に空気が変わる。あの登場の仕方、鳥肌が立ちました。
そして関係を深めていくと、こちらへの気持ちが見え隠れしてくる。死神が主人公を心配している、という構図。バトル中心のゲームだと思っていたので、正直かなり驚いた。
順番が逆だと気づいた夜
ある晩、ふと手が止まりました。
神話では、ヒュプノスが眠らせて、そのあとタナトスが運ぶ。前工程が眠り、後工程が死。
ところがゲームでは逆なんです。走っている最中にタナトスと会い、死んでから館でヒュプノスに迎えられる。
コントローラーを置いて、天井を見上げた。
死んで戻ってきた自分を、眠りの神が出迎える。運ばれた先で待っているのが安らぎの側。これ、順番を入れ替えることで、死が終点じゃなくなっているんですよ。
背筋がスッと伸びた。ゲームデザインとしても、神話の解釈としても、うまい。
神話の中で二人が並ぶ場面
イーリアスに描かれた運搬の仕事
原典で二人が並ぶ有名な場面が、ホメーロスのイーリアス第十六歌にあります。
ゼウスの息子サルペードーンが死ぬ運命にあると知ったゼウス。彼はアポローンに遺体を清めさせたあと、タナトスとヒュプノスの兄弟に、亡骸をトロイアからリュキアへ運ぶよう命じました。
最高神が息子の遺体の搬送を頼む相手が、この二人。ここでも運ぶ仕事です。
住まいについても記述があって、太陽は二人の姿を見ようとせず、はるか地下のタルタロスに館を構えているとされる。あるいは冥界の門の近く、夢の神々オネイロスが絡まるニレの巨木の周りに住むとも語られます。
夢の木の下に住む死と眠り。絵として美しすぎる。
シーシュポスに捕まった死神
もうひとつ、タナトスの受難として語られる話。
ゼウスの怒りを買ったシーシュポスは、連行しに来たタナトスを罠にかけて捕らえてしまいます。
死神が拘束された結果、地上で誰も死ななくなった。異変に気づいた軍神アレースがタナトスを助け出し、冥界へ連れ帰ったとされます。
真面目に働きに来て、罠にはめられて監禁される。踏んだり蹴ったりでしょ。
死と眠りを兄弟にした発想の出どころ
見分けがつかない、という観察
ここまで来て、最初の疑問に戻ります。なぜ死と眠りを兄弟にしたのか。
僕の考えでは、これは詩的な比喩ではなく、観察の結果です。
眠っている人と、亡くなった人。動かず、目を閉じ、応えない。当時の人にとって、この二つを外から見分ける手がかりは、胸が上下しているかどうかくらいだったはず。
似ている。似すぎている。だから同じ母から生まれたことにした。
死は特別な出来事ではなく、毎晩訪れるものの延長線上にある。そういう世界の捉え方が、この兄弟設定に畳み込まれている。
夢の神々はヒュプノスの息子
補強材料として、ヒュプノスの子どもたちの話を。
人間の姿に化けるモルペウス。鳥や獣に化けるイケロス。岩や木や水など、物のかたちを取るパンタソス。夢の神々が、そろってヒュプノスの息子とされている。
眠りの下に夢があり、眠りの隣に死がある。この配置図、よくできていると思いませんか。
死を出口ではなく通り道にした発想
HADESを遊んでいて何百回死んだか、もう数えていません。
死ぬたびに館へ戻され、ヒュプノスに一言もらい、また走り出す。あのループを繰り返しているうちに、死に対する画面の中の意味が、じわじわ変わっていきました。
終わりじゃなくて、戻る場所へ運ばれること。
古代の人たちが死と眠りを兄弟にしたのも、たぶん近いところに理由がある。恐ろしくて手に負えないものに、名前と家族関係を与えて、毎晩来るものの隣に置いた。
そうすれば、少しだけ扱えるようになる。
タナトスとヒュプノス。並べて覚えると、この二つの名前はただの神様リストじゃなくなります。夜の子どもたちが、ずっと同じ場所で待っている。
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