火遠理命の護符は、隠密の天井を押し上げる
ゴースト・オブ・ツシマには、神社を登りきると授かる護符がいくつもある。その中で、隠密に振り切った人間だけが目の色を変えるのが、火遠理命の護符。
ほおりのみこと、と読む。読めなかった人、安心してほしい。私も最初は指でなぞって固まっていた。
茂みからの闇討ちが、周囲にバレなくなる
効果は一行で済む。茂みから敵を闇討ちしても、他の敵に気づかれない。
たったこれだけ。でも、この一行がプレイを別物にする。草に潜って一人斬る。隣の見張りが振り向かない。そのまま次へ。また次へ。数を減らす作業が、静かな連鎖に変わる。
冥人スタイルとの噛み合い
真正面から名乗りを上げる侍の道と、影から刈る冥人の道。どちらを選ぶかはプレイヤーの自由だけれど、後者を選んだ瞬間、この護符は最優先で取りに行く価値が出る。
暗殺を主軸にする人ほど、恩恵の傾きが急になる。攻撃力が上がる系の護符と違って、こちらは行動そのものを許可してくれるタイプ。数字ではなく、選択肢が増える。
発動するのは茂みの中だけ
条件を勘違いすると悲惨なので、はっきり書く。効くのは茂みから仕掛けたとき。
草のないひらけた地面で背後を取っても、この加護は働かない。だから頭の使いどころが、暗殺の精度から、地形の読みへ移る。あの草はどこまで続いているか。次の茂みまで何歩か。敵陣を見下ろすときの視線が、まるっきり変わってしまう。
入手場所は小亀神社。豊玉に入ればすぐ届く
位置の目印
小亀神社があるのは豊玉。マップの中央あたり、志村城や櫛寺のほうを目印にすると探しやすい。
物語で豊玉に足を踏み入れた時点で、もう取りに行ける。後回しにするほど損をする種類の護符なので、寄り道を推奨したい。武士スキルの護符の風を取っておけば、誘い風がそのまま神社を指してくれる。迷う時間がまるごと消える。
参道は壊れている
そして、まっすぐには着かない。参道が崩れていて、普通に歩いては辿り着けない。
崖にしがみつき、鉤縄を投げ、ロープを渡り、木の枝を蹴る。神社はどこもアスレチックだけれど、ここは足場の噛み合わせが妙にいやらしい。鉤縄を取っていないと話が始まらないので、装備を確認してから向かうこと。
社まで届けば、護符とシイ材が手に入る。強化素材としても地味に効く。
拝んだあとの下山はひと押しで済む
これは知らない人が本当に多い。
参拝を終えたら、近くの鳥居でボタンをひとつ押す。それだけで麓まで一気に降りられる。あの苦労した崖を、律儀に逆走する必要はない。私は二回ほど、真面目に降りようとして途中で落ちた。はぁ…。
何度も滑り落ちた斜面のこと
掴めない岩と、汗で滑る指
雨の日に登ったのが、そもそも間違いだった。
岩肌が濡れて黒く光っている。鉤縄を投げる。届かない。少し右にずれて、また投げる。届く。ロープの上で足がふらつく。風がヒュッと鳴って、ススキが一斉に同じ方向へ倒れた。
ジャンプの押し込みが半拍遅れる。ズルッと指が離れて、視界が回った。落ちる。落ちる。落ちる。
三度目に落ちたとき、コントローラーの表面が汗で滑っているのに気づいた。肩が耳の高さまで上がっていた。ずっと息を止めていたらしい。ゲームの中で山を登っているだけなのに、なぜ現実の私が疲れているのか。
社の前で、ようやく息を吐いた
四度目。木の枝から枝へ飛び移って、細い岩棚を横歩きして、頭上の縄に手が届いた。
登りきると、風の音だけが残った。眼下に豊玉の谷。手前に古びた社。境内には誰もいない。落ち葉がひとひら、鳥居の下を横切っていく。
拝む。鈴が鳴る。護符が増える。
画面の中の男が、深く頭を下げている。私はそのとき、椅子の背もたれにようやく体重を預けていた。あの数十分で握りしめていたものが、指からほどけていく感覚があった。
護符を着けた日から、戦い方が裏返った
名乗りをやめた
それまでの私は、律儀に名乗りを上げる侍だった。正面から入り、斬り合い、被弾し、やり直す。それが作法だと思っていた。
護符を着けて最初の砦で、試しに草へ伏せてみた。手前の見張りを、下から。
ガサ、と草が揺れて、ドサッと重い音がひとつ。誰も振り向かない。
心臓のあたりが、遅れて跳ねた。
草の中で数を数える遊び
そこからは、砦の攻略が数え歌になった。
一人。二人。三人。草の切れ目で止まり、巡回の足音をやり過ごし、また潜る。松明を持った敵が真横を通り過ぎていく。膝の高さで揺れる葉の隙間から、赤い光が流れていく。息を殺す。通過。
砦がひとつ、音もなく空になった。
その瞬間に思ったのは、強くなったなあ、ではなくて。私はいま、狩りをしている。
組み合わせで化ける。隠密三点セット
月読命と阿曇磯良
火遠理命の護符は、単体でも強い。ただ、隣に置く護符で伸び方が変わる。
月読命の護符は、闇討ちした敵から矢や物資を回収できる。刈るほど懐が潤う。阿曇磯良の護符は、矢の音を消す。遠くの見張りを、音を立てずに落とせる。
草から刈り、屍から拾い、届かない相手は無音の矢で。この三枚が揃うと、砦を空にする速度が変わってくる。名前だけ見ると神さま同士の共演だけれど、やっていることは完全に猟師の仕事。
枠は稲荷の祠で増える
護符は装備できる枠が限られている。その枠を広げてくれるのが、稲荷の祠。
狐を見つけたら、迷わず追う。あの小さなお稲荷さんを拝むたび、着けられる護符が増えていく。効果を集めるより先に、器を広げる。順番としてはこちらが先。
火遠理命とは誰なのか
ここからが、この記事を書きたかった理由。
別名は山幸彦
火遠理命は、古事記に出てくる神の名前。日本書紀では彦火火出見尊と書かれる。そしてもうひとつ、誰でも聞いたことのある呼び名を持っている。
山幸彦。
父はニニギノミコト、母はコノハナサクヤヒメ。兄が火照命、こちらが海幸彦。海の獲物を得る兄と、山の獲物を狩る弟。名前がそのまま役割になっている兄弟。
山で狩る神。茂みから獲物を仕留める護符。ここで、背中がすっと冷えた人がいるはず。
釣り針をなくした弟の話
物語のほうも触れておきたい。
ある日、弟は兄の釣り針を借りて海へ出る。そして、なくす。責められた弟は、海の神の宮へ行き着く。そこで豊玉姫という女神と出会い、結ばれ、三年を過ごす。
やがて釣り針を取り戻し、潮の満ち引きを操る玉を授かって地上へ帰る。兄との立場は逆転し、兄は弟に従うことになる。狩人の神が、海の力まで手に入れて帰ってくる話。
天皇の血筋につながる神
火遠理命の子がウガヤフキアエズ。その子が、初代とされる神武天皇。
つまり山幸彦は、天皇家の系譜をさかのぼった先に立っている神。ゲームの護符ひとつに、そこまでの重さが積まれている。
豊玉という地名が、すべてを白状している
対馬の豊玉町に、山幸彦を祀る海の神社がある
さて、ここで現実の地図を開く。
長崎県対馬市。豊玉町仁位。浅茅湾の奥まった入り江に、和多都美神社という古社がある。
祭神は、彦火火出見尊と豊玉姫命。つまり山幸彦と、あの海の女神の夫婦。
伝承では、山幸彦がこの地に流れ着き、豊玉姫と結ばれ、三年留まった。海幸彦と山幸彦の物語は、この場所から生まれたのだ、と社は伝えている。海へ向かって鳥居が一直線に並び、外側の二基は潮が満ちると海の中に沈む。竜宮の入り口と呼ばれる所以。
豊玉という地名そのものが、豊玉姫から来ている。
護符の名前は、置かれた場所と噛み合っている
もう一度、ゲームに戻る。
火遠理命の護符が手に入るのは、豊玉。
現実の豊玉には、火遠理命を祀る神社が立っている。ゲームの豊玉では、火遠理命の名を冠した護符を拾う。
これを偶然と呼ぶには、あまりにもできすぎている。作り手の頭の中を覗いたわけではないから、断定はしない。ただ、あの島の護符たちは、適当な神名を並べたラベルではない。土地に根を張った名前が、その土地に置かれている。
阿曇磯良の名も、同じ境内にある
駄目押しをひとつ。
さっき隠密セットで名前を出した、阿曇磯良。あの神の名も、和多都美神社の境内にある。磯良恵比須と呼ばれる霊石が置かれ、その社家は代々、安曇氏が継いできたと伝わる。
矢の音を消す護符と、山の狩人の護符。どちらの名も、同じ海辺の神社から引き上げられている。この符合を知ったとき、私は椅子から立ち上がって部屋を一周した。誰にも共有できないまま、しばらく歩き回っていた。
名前を読んでから、もう一度対馬を歩く
護符は装備品ではなく、土地の記憶
効果欄の一行だけを読んで装備する。それでもゲームは進む。強くもなる。
でも、名前を追いかけた先に、対馬に実在する海の神社が待っている。その神社の祭神が、いま自分の腰に下がっている護符と同じ名前をしている。そう気づいた瞬間、あの草むらの匂いまで変わった気がした。
隠密の護符が狩人の神の名を持っているのは、必然だった。効果と神話が、握手している。
拝む前に、社の名を確かめる
これから小亀神社へ登る人へ、ひとつだけ。
崖を登りきって、息を整えて、拝む前に社の名前を声に出して読んでみてほしい。ほおりのみこと。山の幸を司る神。これから草に伏せて敵を刈る自分と、目の前の神が、静かに手を結ぶ。
ゲームの中の対馬と、現実の対馬。その二枚が重なる音が、聞こえる。
コメント